第3号 「かんばん」を超える生産管理

いま世界の自動車業界に激震が起きています。EV化が急速に進み、自動車メーカ以外の企業がEVビジネスに容易に参入できる状況になろうとしています。極端な言い方ですが、自動車産業が家電産業と隣り合わせになり、将来は同じ業種と見なされるかもしれません。

日本の自動車産業はトヨタ自動車の「かんばん」に象徴されるライン化とJIT生産を模範として生産システムを整備し、優勢を保ってきました。その生産システムの根底が揺らいでいます。ITを活用して「かんばん」を超える方策を考えましょう。

「かんばん」なしのJIT生産を模索する米国

「かんばん」の意味:同期連携

大野耐一氏の「トヨタ生産方式」を読みますと、自動車の組み立てラインと部品生産工場の同期連携を図る方策として「かんばん」は考案されています。組立ラインは車種車型が異なる車を組めるよう設計されています。売れ行きを考慮して「車両組立平準化計画」を策定すると、自動車組み立ては安定したペースで進行します。組立ラインで部品を消費(組付け)しますと、部品についていた「引取りかんばん」が前工程(部品工場)に送られ、部品工場は「かんばん」で指定された部品を必要なとき、必要な量だけ補給します。部品工場では「3ヶ月資材調達計画に基づいて、「仕掛かんばん」を用意し、部品が引き取られると、補充のため「仕掛かんばん」が部品生産指示として工場に流されます。このような仕組みによって。トヨタ生産方式では後工程(組立ラインなど)と前工程(部品工場)は周期遅れですが同期・連携します。

ただし、トヨタ生産方式は類似品の繰り返し生産に適していると、黒須誠治氏(元早稲田大学生産研究所)は指摘します。個別受注生産や、多様化が進んだ多品種少量生産では「かんばん」がうまく回りません。

E.M.ゴールドラットの新生産方式:TOC/DBR

1980年代にゴールドラットはトヨタ生産方式を学び、ITによって凌駕する方策を考えました。工場の中のボトルネック工程をフル活用するよう生産スケジュールを策定し(TOC=制約条件の理論)、他の工程はそのスケジュールに同期して活動するよう制御します(制御方法­=DBR)。

工場の生み出す製品の量はボトルネック工程の能力に制約されます。したがって、他の工程はボトルネック工程に合わせて活動すれば十分です。そこで、生産工程の最上流の工程のスケジュールをボトルネックに合わせて設定し、これに沿って材料(加工対象物)を流します。他の工程では上工程から加工対象物が来たら、到着順に加工すれば十分です。加工対象物が「かんばん」の役割を果たします。まさしく「かんばん」なしのJIT生産です。なお、組立工程では、加工対象物が揃うよう時間的余裕(組立タイムバッファ)を持たせてスケジュールを策定しておきます。

この生産方式はスケジュールを立てさえすれば、個別受注生産でも多品種少量生産でも十分に機能します。「かんばん」なしのJIT生産を超えたと、ゴールドラットは思ったに違いありません。

しかし、この方式(DBR:Drum Buffer Rope)は自社内でしか通用しません。外注加工が多い日本では」到着順加工を要求されると、複数の客様から注文を受ける部品メーカは困ってしまいます。これに対して、「かんばん」は部品メーカが納入責任を果たしさえすれば、複数のお客様と自由に取引できます。

日本が考えた「かんばん」なしのJIT:「気配り生産」

「かんばん」では生産現場が辛い

トヨタ生産方式の「かんばん」は指示によって生産活動を制御する道具です。生産現場では「かんばん」が来るまで待機し、来たら供給責任を果たすよう、懸命に働くことになります。そのままでは働き方にムラが生じますので、様々な対応策が必要です。製品の売れ行きが急に伸びて3ヶ月資材調達計画の枠を超えて「かんばん」が来ますと、部品メーカは材料調達や勤務スケジュールに狂が生じて、ムリな働き方を余儀なくされます。供給責任を果たすための精神的な緊張が続くと、管理者も疲れ、「自動車残酷工場」と揶揄される状況に陥ります。

1980年代に日本の大手企業は「かんばん」の有効性を認めながら、その辛さを緩和する方策を模索しました。筆者もセイコーエプソンや日産自動車の方々とトヨタ生産方式を超える生産方式の企画・設計に参画しました。そのとき得た知見をまとめて発表したところ畏友、柴田晴康氏がこれは「気配り生産システム」ですね、と分かり易い名前を付けてくれました。

「情報を取りに行く:情報開示

セイコーエプソンのある事業部でビジネス改革を企画したとき、中心人物の一人が「情報を取りに行く」ことが重要だと気づきました。「かんばんシステム」は情報(「かんばん」)が来るまで待つ、来た後で行動を起こす制御方式です。製品生産計画を策定し、その情報を一次下請けから先の部品メーカすべてに開示できるよう分解・具体化するなら、トヨタ生産方式の「3ヶ月資材調達計画」と同様に作用するでしょう。その話を聞いて下請けの小企業から驚くべき話が持ち込まれました。製品生産計画を見せてくれるなら、一番下の小企業が材料加工を始めて部品メーカに送り、最終製品が完成するまでの生産リードタイムは実加工時間と輸送時間の合計で済ませられるのではないかとの提案です。それまでその事業は需要予測に基づく大量生産ビジネスでした。もしも、提案された通りに生産リードタイムが短くなると、受注生産ビジネスに変えることができると経営企画担当者の見解を得ました。

しかし、そのときは受注生産を支える工程部品表管理システムがなかったので、実装できませんでした。

生産進捗を見せて同期・連携を図る

日産自動車で新生産計画方式を検討したとき、工場の実情を反映して生産スケジュールを策定し、その進捗も一緒に部品メーカに開示する案が出ました。部品メーカが「情報を取りに行く」点は変わらないのですが、組立ラインの進捗状況を部品メーカが見て、「今日は道路が込んでいるから早めに輸送開始しよう」とか、「ほかの部品メーカと連携して一括納入しよう」など、状況に応じて行動できます。ただし、沢山作りすぎると困るので、時間的制約(タイム・フェンス)を設けて、その範囲内で行動することにします。そうしますと後工程側ではタイムフェンスから先の生産スケジュールを組み替える余地が生まれます。ただし、「生産タイムフェンス内」の部品に関しては「引取り責任」を持つ必要があります。

部品メーカ間の同期連携を可能にするには、各部品メーカが生産スケジュールを策定し、同様に生産進捗と併せて開示することで十分です。発注側が安心できるように、部材供給を約束する(座席予約)仕組みを用意すると、部品メーカが複数の顧客と取引しても安心できます。部材メーカが適切なタイミングで行動を起こすためには、発注者側の生産工程や部品構成データ(工程部品表)の関係部分を開示しておくことが望まれます。

「かんばん」方式とゴールドラット方式を超える

気配り生産では「かんばん」は不要です。生産スケジュールとその実行状況を開示すれば「納入タイムフェンス」内で、部品メーカは自律的に「気配り納入」できます。「生産タイムフェンス」内で「自律生産」できます。しかも、「かんばん」のような引取り「かんばん」による同期ではないので、個別受注生産や極端な多品種少量生産にも適しています。

ゴールドラットのDBRでは到着順加工を要求するため、外注先を制約しましたが、気配り生産ではそのようなムリもありません。

ただし、重要な注意事項があります。情報開示受けた部品メーカが、発注企業のライバルにその情報を横流ししますと、とんでもない事態が起きます。したがって、情報機密を忠実に守る、誠実な企業間でしか気配り生産方式は成り立ちません。「気配り生産システム」の本は日本規格協会1994年度標準化文献奨励賞を受賞しました。経営情報学会の生産情報システム研究部会で内容を紹介したところ、鋭い指摘がありました。当時海外に工場を移す企業が多かったのですが、「この生産方式は中国では役に立ちませんね」とのことです。

ビジネス・モデル変化へのしなやかな対応

気配り生産では「生産タイムフェンス」の外側であれば、スケジュールを変更できます。作る「もの」が変わっても問題ありません。受注設計生産や多品種少量生産では、お客様の要望の一部分が決まっていない段階で、共通の部品や材料を先行手配することができます。(ただし、統合工程部品表に仕様未定時の共通部品や共通作業仕様を登録しておく必要があります)

また、製品が完成していない段階でも、部品の供給が(座席予約によって)保障されるなら、また、生産スケジューリングによって生産能力の裏付けがあるなら、製品生産計画に記載された生産オーダをお客様に予約販売することができます。そうしますと、財務会計上で投資回収の期間の大幅な短縮につながります。売れることが確実な「もの」を作ることになると、失敗は許されませんので工場で働く人たちは緊張するでしょう。しかし、その代わりにお金を稼げます。売れるあてのない製品を見込みで作るよりも、遣り甲斐があるのではないでしょうか。

従来のIT利用ではビジネス・モデルを固定して生産情報システムを構築してきました。その結果としてITがビジネス・モデル改革を阻む事態が起きています。相撲で言うと横綱大鵬のように、状況に応じてしなやかに対処する生産管理方式を構築することを検討して下さい。

文責    手島 歩三

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